扉を開くとまず目に入ったのは窓から見える青空。
手を伸ばしても到底届きそうもない遠い場所にある、眩しいほどの濃紺は秋の到来を感じさせる。
部屋の中に視線を戻すと、ガラス張りのテーブルを挟んで革張りの長椅子が一つに、
小さい椅子が2つ並んでいる典型的な応接室である。
この診療所にしては豪華な部屋だと思うのだが、
このいかにもな内装からするとウィーの趣味ではないだろう。
ここが診療所になる前、セムレト大病院と呼ばれていた頃の名残だろうな。
「どうぞ、お座りください。珈琲で宜しいですか?」
「あ〜、お構いな……」
「はい、砂糖一つでお願いします」別に長居する気はなかったので、
断ろうとした私を遮ってミルミアが口を開く。
私が呆れてこめかみを押さえていると、「何か悩み事でも?」という顔をしてこちらを見てきた。
変わらないなぁ。ホントに。
少しして、お盆を手に彼が戻ってきた。珈琲特有の苦い香りが漂ってくる。
リドやミルミアはこれを良い香りというけど、正直理解できない。
この香りをどうやったら香ばしいなんて表現出来るのか。
とか言ったら、馬鹿にされそうだから何も言わないけど。
「あ、申し送れました。私クレサスと申します。
一応この診療所の副所長をさせてもらっています。まぁ、副所長と言っても殆ど肩書きだけで、
やることは一介の医師と変わりはないんですけどね。少しだけ権限があるくらいですし、
それ以前にここにはあまり重症患者はやってきませんから、
普段はまったりと患者さんとお話をさせていただいてるくらいで、
私が治療しているのかされているのかわからないくらいで……」
「あ、ちょ、ちょっとストップ」さすがに耐えられずに止めておいた。
息継ぎ無しでここまで話が続けられるのは一種の才能か、それとも何かの嫌がらせか。
初めてのタイプで少し面食らったが、話を続けることにする。
「あ、はい。申し訳ありません。私、話し始めるとなかなか止まらなくって。
仲間内でもその癖は早く直した方がいいって良く言われるんですけど、
そのことについて話をしていたら仲間にも「ごめん、俺が悪かったよ」って言われる始末で、
私としては言いたいことを抑えて7割くらいのことしか喋ってないのですが、
それでもやっぱり話が長いって言われちゃうんですよね。
っは。というか、こういったお喋りなキャラは女の人ならまだしも男だと引かれちゃうんじゃないかな、
とか思ったりしたこともあるんですが、いや、もしかしたら引かれるより惹かれる可能性もあるんじゃ、
って思い直して結局開き直ることにしたんですよ。今の時代、寡黙な渋いダンディより、
少しおちゃらけな2枚目から3枚目の間くらいの方が受けるんじゃないかと思いまして。
実際看護婦内での受けはそれなりだと自負してお……」
「黙れ」
一応断っとくけど、口を開いたのは私じゃない。というか、ダンディってなんだ。
珈琲を飲み終わったミルミアがいきなり声を発したのだ。
確かにこの話じゃお茶請けにもならないとは思うが、少し言い過ぎではなかろうか。
一気に凍りついて動けなくなった私たちを尻目に優雅にカップを戻し、ミルミアが再び口を開く。
「珈琲のお代わりをお願いします」
「は、はいっ」おぉ、うちのギルドの新米さんのようにキビキビ動く。
丁度いい具合に話も途切れたことだし、本題に入るとしよう。
「ありがと、ミルミア。助かったわ」……おい、何故そこで首を傾げる。
珈琲のお代わりを持って戻ってきたクレなんとかが席に着いたところで、
話を切り出すことにした。何だかこれ以上口を開かせてはいけない気がする。
「で、本題に戻すんだけど、リルグって奴のことを聞きたいの。
最近ここの診療所に運ばれてきた、見た感じは15〜6歳くらいで黒髪の」
リルグの名前が出た瞬間、彼の目が少し細くなった気がした。 →次へ